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    June 04

    「おいしくなあれ」の呪文

    先月は豆ご飯をルクルーゼというお鍋で炊いて、子供達はそれをおにぎりにして3時のおやつに食べました。その時の写真は515日のブログフォトで公開していますので、ご覧下さい。「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言いながら子供達の握ったおにぎりは、ラップにくるんで1個ずつお家の人におみやげとして持ち帰ってもらったのでした。

     

    その2日後、3歳の男の子が私に近づいてきて、両手を揉みながら「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言うのです。しゃがんで男の子の手の中を見せてもらったら、1個のお手玉が入っていました。豆ご飯のお握りづくりを思い出して、お手玉で再現していたのです。うれしい!と、思いました。幼い子供の心にちゃんと私のメッセージが届いている。それも、3歳の子に!

    その時、これから月1回の予定で、このおにぎり作りを継続していこうと決めたのでした。

     

    それから1週間が経って、次はハーブの入ったクッキーを子供達と一緒に作りました。園のプランターで育てているミントを枝ごと切ってきて洗い、子供達に葉を摘ませました。そして、クッキーの種を丸めてから、少し、指の腹で真ん中に窪みを作ってミントの葉をくっつけていきました。ふっと気づくと、子供たちはクッキーの種を丸めながら「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言っているではありませんか!

     

     

    子供達はすごい!と思ったのです。第1次反抗期真っただなかで、「イヤッ」としか言わないような子が、ちゃんとこちらの願いを受け取って自分のものにしていることに、驚いたのです。口先だけではなく、こうやって手を使い身体を使って一緒にやった事は、幼い心にすんなり届くのだと確認したのでした。

     

    お手玉を握っていた男の子はキュウリのことを「ハッピーガーデン」と、覚えてしまっています。昨年、園の畑「ハッピーガーデン」で、自分で収穫したきゅうりを食べた時からそう呼ぶようになったしまったのです。ほほえましくて、訂正せずにそのままにしていたのですが、今年はちゃんと「きゅうり」と教えることにしようと思っています。

     

    キュウリは今年もハッピーガーデンに植えてあり、黄色の小さな花が幾つもついています。30株のさつま芋と、3本のスイカが育ち、園のプランターでは小玉スイカ、ピーマン、プチトマト、ブロッコリーを栽培しています。収穫の喜びを知っている子供達は成長を見守って、育っていく過程を楽しんでくれることでしょう。昨年のピザ作りやスィートポテトを思い浮かべながら…。

     

    2009.6.4

    プチトマトの3つ目の実を見つけた日に

    May 15

    おにぎりの作り方

    12日にアップの予告をしていたのですが、遅くなりました。松浦弥太朗のエッセイをご紹介します。できれば、何回も読み返し味わっていただきたいと思います。
     
    テレビのニュースを見ていたら、寝床を失った失業者が、冬空の下で白い息を吐きながら、ほかほかと湯気を上げたおにぎりをほおばっている映像に目をうばわれた。おにぎりをとてもおいしそうにうれしそうに食べていた。指についたごはんつぶを残さず食べようと肩をすくめて口でつっついている大人の姿に、子供の頃の自分を重ね合わせた。傍から見たら、別に涙するところではないだろうが、僕の目は涙が溢れ、それ以上映像を見ることができなかった。手のひらで涙をぬぐっていると、「おにぎりがほんとにおいしいです。」という人の声が映像から流れた。
     
    小学4年生の時、家庭科で料理をはじめて習った。目玉焼きとポテトサラダだった。作り方は、順番が決められていて、味気ない実験のようだった。かんたんに目玉焼きとポテトサラダはできたが、料理ってこんなものかと、上の空になって作ったものを食べた。味はひとつも覚えていない。
     
    家に帰って、その日の家庭科の授業のことを台所仕事をする母に話すと、それは料理ではない、先生は間違っているわ、と言った。じゃあ、それはなあに?と訊くと、母は、まあ、それは遊びみたいなものね、と笑って答えた。そして、私が毎日あなたたちのごはんを作っているでしょ。それが料理よ、と言った。わからない顔をしていると、ひとつだけ料理を教えてあげましょう、と言い、手をよく洗ってきなさいといった。
     
    母はまず、米びつに入ったお米を、1杯が1合よ、と言い、5合すくうように言った。1杯すくうごとに、お米さん、こんにちは、と言って、と言った。お米さん、こんにちは、を5回言って、おこめをざるにすくった。2,3粒がこぼれたのでそのままにしていたら、お米さんにあやまって拾うように言われ、お米さん、ごめんなさい、と言って拾ったお米をざるにいれた。
     
    お米のとぎかたを教わった。お米は絶対に強くこすったりしてはいけない、やさしくとぐように、と目を見て言われた。神様に手を合わせるように両手を合わせて、その間にお米をはさんで、こすり合わせるようにしてとぐ。ざるをボボウルに載せて、とぎながら、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と言いなさいと母は言った。水が白くなったら、その水を流して、新しい水でといだ。3,4回繰り返して、ボウルから外して水を切った。お米はそのままふきんの上に置いて、少し待つように言われた。
     
    1時間ほど経ってから、もういいわ、と母はといだお米と水を炊飯器に入れて、僕にスイッチを入れさせた。僕は、よし、と気合を入れてスイッチを押した。母は、炊飯器に礼、と言って微笑んだ。
     
    しゅうしゅうと炊飯器から湯気が上がり、お米はもうすぐ炊けるのがわかった。僕は、おいしくなあれと、炊飯器のまわりを唄いながら踊った。カチッと音がして、炊飯器のスイッチが上がった。僕は、できた、と声を上げた。まだよ、蒸らすからそのままね、と母は言った。。僕は自分が一生懸命といだお米が、炊き上がるのが楽しみでわくわくした。きっと、おいしく炊けてるわ、と母はやさしい目で僕を見つめた。
     
    炊飯器を開けると、白い湯気の奥にまっしろでぴかぴかのごはんがあった。僕はうれしい言葉がすぐに出ず、へんなポーズをいくつもとってそのうれしさを身体いっぱいで表した。
     
    よくできたわ、と母は言い、小さな皿にひとすくいしたごはんを僕に食べさせた。おいしい、と言うと母もそれを指で口にし、ほんとうにおいしいねと言った。
     
    おいしいおにぎりの作り方を教えるからね、と母は言った。そして、おいしいおにぎりを作れれば一生困ることはないから、しっかり覚えること。料理は方法ではなく、いかに心を込めるかが大事なの、と僕の両手を持って、腰を下ろして、自分の目と僕の目を同じ高さにして言った。料理は絶対ふざけたらだめとも言った。
     
    母は炊き上がったばかりのあつあつのごはんを一度お茶わんにとって、それを自分の手の平に移して握るようにと言った。ごはんを指のところに置いて、指を曲げた手の隙間で、やさしくにぎること。早くやろうとしないこと。その時も、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と言いなさいと言った。僕はあつあつのごはんをお茶わんから手の指の下に移し、身体全体を上下させ、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と繰り返し言って、おにぎりを握った。さらに母は、好きな人の顔を思い浮かべながら握りなさいと言った。僕は身体を上下させながら、好きな人?と思い、そのときすぐ浮かんだ顔を思いながら握った。丸くできたら塩を手の平に少し置いて、まんべんなく行き渡るようにまた、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と身体を上下させた。最初はうまく握れなかったが、コツを覚えて、ごはんを下に落とすことなくうまくできるようになった。おにぎり作りは楽しくて仕方がなかった。
     
    おにぎりは、次から次へとできあがり、お皿に置かれていった。母も横に立って、いくつも作った。仕上げにのりを巻いた。
     
    おにぎりを握っているとき、誰のことを思い浮かべたの?と母は訊いた。僕は照れながら、これはおかあさん、これはおとうさん、これはおねえさん、これはジョン(犬)、これはタロー(犬)とひとつひとつを指差し言った。母も、これはあなた、これはおとうさん、これはおねえさん、これはジョン、これはタロー、と同じように言った。
     
    母は、はい、これはあなたを思って握ったのよ、と言ってひとつを僕に手渡し、おかあさんにもひとつ頂戴と言った。僕と母はおにぎりをとりかえっこして、いただきますと言ってから、ひとつほおばった。おいしい、と僕と母は、ほぼ同時に声を上げた。うん、おいしい、おいしくなりますようにって何回も言ったからね、と僕は言った。母は、ありがとうね、と微笑んで何回もうなずいた。ぼくも、おかあさん、ありがとうと言った。
     
    これが料理なの、忘れないで、と母は言った。そして、」おいしいおにぎりさえ作れれば、何があっても生きていけるの。他の料理は出来なくていいから、おにぎるの作り方だけは忘れないこと。仕事も勉強もこれの応用よ、わかった?と母は言った。
     
    暮らしや仕事を考えるとき、僕は必ず、このときに母と一緒に作ったおにぎりを思い出す。おにぎりの作り方は単なる方法ではなく、楽しさや、やさしさや、愛しさであり、暮らしや仕事への心構えのすべてを表しているのではないかと思っている。掃除にしても、料理にしても、どんな小さな仕事にしても、大きな仕事にしても、すべてこのように心を込めて、楽しく、やさしく、人と分かち合い、ありがとう、という気持ちが支えになっている。
     
    おいしいおにぎりが作れるならば、それを基本にして、どんな仕事も上手にできるはず。
     
    今でも僕は、母が言ったこの言葉を心に刻み、日々暮らしながら仕事をしている。
     
    今、世の中には苦難の人がたくさんいる。人の手で作られたおにぎりが、人を喜ばせている姿を見て、僕は自分の暮らしや働き方を問いたださなければならない気持ちになった。おいしいおにぎろを作るために、たるんだ心と身体を鍛え直したい。
     
    今日、母とのあの時を思い出し、小学5年生の娘とおにぎりを作ろうと思った。
     
    暮らしの手帖39 4-5月号より抜粋
    May 11

    おいしいおにぎりを作ってみませんか!

    園の畑、ハッピーガーデンに植えたエンドウに実がなり、成長した莢はだいぶ膨らみを見せています。透かしてみると、真ん丸い豆が行儀よく並んでいるのが見えます。ぼちぼち収穫する時期のようです。

     

    昨年はスナックエンドウを作って、塩茹でしたりバターで炒めたりして子供達と一緒に食べました。収穫したその場で、生で食べてしまって筋だけ残した手を差し出して「おかわり!」と言った子を思い出します。その時の生き生きとした子供達の表情が蘇ってきて、

    にんまりしてしまうのです。

     

    今年はエンドウなので豆ご飯にするつもりでした。ところが、先月読んだ「暮らしの手帖」という雑誌の中で、一つのエッセイを読んでから「豆ご飯のおにぎり」を作ってみようと思ったのです。

     

    それは、「おにぎりの作り方」というエッセイで、「暮らしの手帖」編集長の松浦弥太朗の書いたものです。小学4年生だった彼がお母さんと一緒におにぎりを作った思い出が、まるで昨日の出来事のように、鮮明に綴られていました。母親と共に過ごした、あたたかで愛情に満ちた時間を再現する行為に、目頭が熱くなってくるのでした。

     

    この文章に共感できる私には、今は年老いて一人で暮らす私の母との、同じようなあたたかな思い出があるからです。そして、これを読んだ私の娘もまた、目頭を押さえていました。彼女にも、母である私と、幼かった頃に一緒になにかをしたという類似体験がきっとあったのだろうと思ったのです。母から子へ、いいえ、父から子へ、どちらでもいいから、この「おにぎりの作り方」を伝えてほしいと、私は思います。

     

    「おいしいおにぎりが作れるならば、それを基本にして、どんな仕事も上手にできるはず。今でも僕は、母が言ったこのことばを心に刻み、日々暮らしながら仕事をしている。」と、彼は言っています。ごはんを、塩を揉んだ両方の手のひらで握るだけの、たったそれだけのおにぎりが、どうしておいしいのか!このエッセイを読んで謎が、とけた!

     

    どうしても幼い子供達にそれが伝えたくて、今回は豆ご飯でおにぎりを作ろうと思っているのです。3月に子供達が卒園する頃には、どの子も上手なおにぎりが作れるようになっているようにしたいとも思っています。

     

    おいしいおにぎりを作るための呪文を、あなただけにこっそり教えましょう!

    「おいしくなりますように、おいしくなりますように」

     

      (松浦弥太朗の「おいしいおにぎりの作り方」は5月12日のブログで全文を紹介します。)

     

    2009.5.10

    母の日に

     

    April 14

    唐津焼「淡如庵」をたずねて

    1月末から長期出張に出ている長女の陣中見舞いに博多に行ってきました。結婚している次女も同行して、久しぶりの母と娘の水入らずの小旅行でした。
     
    大阪営業所に席を置く長女は、博多駅のすぐ近くのマンスリーマンションで自炊生活をしながら、初めての地元のメンバーと組んで仕事のプロジェクトを立ち上げているのです。相当なストレスを抱えているに違いないと思って様子を見に行ったわけです。ですが、マンションの小さな部屋は片付けてあり、私生活はきちんとしていると安心したのでした。
     
    私の希望で、その日は博多から高速バスを使って唐津に行ったのです。旅行ガイドに載っていた小さな写真で見たあじさいの鉢の、本物がどうしても見たくて!
    JR唐津駅から7~8分、雨上がりの坂を少し上ったところに「淡如庵」はありました。そして、樹齢250年の山桜のあるお庭を拝見したあと、会いたかったあじさいの絵柄の鉢と対面できたのです。両手に抱え込んでみると、思ったととおりの温かい手触りと鉢の底に描かれた淡い水色の花弁、滲んだみどりは線に描かれていない葉の重なりを感じさせてくれました。そして何より、この鉢にはどんな料理が合うだろうかと考えました。
     
    この鉢の作者は「あや窯」の主である中里文子さんです。数少ない女性の窯元ですが、彼女の作品には「日常に使われる器」ということを意識して作られていると感じたのです。作品の中にはあじさいの花の(本当はガクなのですが)一個をモチーフにした箸置きのあることでも、それが確信できました。
     
    いま、あじさいの鉢と5個の箸置きは、わが家の食器に仲間入りして初の出番を待っているのです。娘二人との楽しかった小さな旅の思い出を秘めて…

    ひとつの手紙

    毎年、卒園式が終わると気力が萎えるのです。体調を崩したり、ちょっと欝っぽくなってしまったりしてしまいます。無事に園児を送り出した安堵感と、大切にしてきたものを失った喪失感とがどうも体を重くしてしまうようなのです。

     

    そんな私に、一通の手紙が届きました。あるお母さんから「お世話になったみなさんでどうぞ!」と頂いた菓子箱を開けたとき、手紙がそっと、包装紙の間に挟まれていたのです。その方のお子さんは下にきょうだいができたので、1年ほど前から「保育チケット」というのを使って、私達の園で週に1~3回くらいのペースで保育を受けていました。

     

    手紙には、働いているわけでもないのに下の子が小さいからという理由で上の子を預けていいのだろうか、自分は子育てをサボっているのだろうかと悩んだことが綴られていました。でも、お子さんは喜んで園に来てくれてお友達と一緒にいろんな活動をし、園生活をしっかり楽しんでくれていました。ちょうど、お友達と一緒にいることが楽しくなる年齢に差し掛かっていたからです。

     

    お母さんのお手紙には、スタッフの温かい笑顔に救われたり、子供への接し方を見て学んだり、連絡ノートのスタッフのコメントが参考になったとも書き添えてくれていました。そして最後に、「まるでお家のようにあたたかな保育園…本当に大好きな園でした。」と結ばれていました。

     

    胸が、じーんとして目頭が熱くなってしまいました。隙間の出来ていた胸の中に、あたたかなものが満ちてくるのが実感できました。温かな心を受け取って、それを受けいれた胸の中がいっぱいになってくるのでした。同時に、ぎすぎすしていた心が優しさを取り戻していくようでした。

     

     

    私達の仕事は、幼い子供達のこころと体の成長を見守り手助けをすることですが、子どもたちはそれぞれの家庭環境とご両親の影響を大きく受けて育ちます。ですから、子供達の背景にある家庭が子供の心や体の発達により良いものであること、その親御さんが社会的にも精神的にも安定し子供と正面から向き合っていてくれれば安心します。でも、なかなか現実には難しいことなのです。

     

    その難しいことも、ちょっと子供と距離を置くことで見方を変えることができたりもします。少しの自分の時間を持つことで、追い詰められて硬くなってきた心にゆとりが出来る事だってあるのです。援助のない子育てに疲れて無口になったりイライラするよりは、やわらかな笑顔で、保育園に迎えに来てくれるお母さんのほうが子供にとってはうれしいのではないでしょうか。

     

    このように、保護者に対する個別の援助ができることも、私どものような民間の小さな保育園の良さであると思っているのです。

     

    2009.4.13

    バラの蕾を見つけた日に

     

    March 16

    やっと、確定申告をしてきました。

    3月16日の締切日に、税務署に行って申告書を提出してきました。いつも、余裕がないと言うか、準備が悪いというか苦手分野は全くだらしのない私です。
     
    でも、この押し迫った時期の税務署のあわただしさ(?)は、結構すきなのです。なにか、精一杯生きている人の踏ん張りが感じられるからです。私もその人たちに混じって、小規模経営者の苦悩なんかを表情に浮かべて長い列の後に並んでいたかもしれない。
     
    朝早くに出かけたので、いったん家に帰ってご近所のミモザアカシアと我が家の庭の花を撮ってみました。ラッパ水仙、こでまり、れんぎょうヒヤシンス、桃はまだ蕾です。今年に入ってたくさんの花を植えたので、温かくなるのが待ち遠しく思えます。クリスマスローズ、大文字草、おだまき、すずらん、忘れな草、薔薇、ハーブを5種類などなど。
     
    写真を撮った後は、窓の外できんかんの実をついばむヒヨドリをみながら、ゆっくり夫と昼食をとりました。締め切り前日の緊迫した昨日と、打って変わった今日の時間がうれしいものです。さて、これから仕事に出かけることにします。
     
    来年こそは、もっと早くに確定申告をしよう!
     
     
     

    もうすぐ生活発表会!

    今年度も最後の1ヶ月を残すのみとなってしまいました。子供達に思い出を作ってもらおうと、今月はたくさんのイベントを盛り込んでいます。スタッフも子供達と一緒に楽しみたいと思っています。

     

    328日は卒園式を行います。第一部、生活発表会では劇を発表することにしています。それは、1歳から4歳の子供達がそれぞれ実名で登場するという劇です。

     

    子供達の日常の生活の中からヒントを得て作った物語は、登場する子が日常よく使うことばを拾い集めてセリフにし、話を展開させていくという工夫をしています。台本を書きながら、一人ひとりの子供達のふとした表情や、喋るときの手振り身振りが思い起こされてつい、ほほの筋肉が緩んでしまうのです。

     

    今回は、週1回の体操教室に通っているSくんが、とても上手に前転をして見せてくれるので、真似をして次々と前転の出来る子が増えてきたことにヒントを得た物語となりました。「公園にいきましょう!」というタイトルの劇、どんな仕上がりになるでしょうか?

    どうぞ本番を楽しみにしてください。

     

    本番ではハンドマイクを使って子供達のセリフを保育士が拾いながら、お話が展開していくのですが、練習ではハンドマイクの代わりに積み木を使っています。マイク代わりのその積み木に向かって、照れくさそうに小さな声でセリフを言う子供達。朝1回のこんな練習の積み重ねで、これからどう子供達が変化していくのかもまた、スタッフの密かな楽しみなのです。

     

    今年同様、来年度も4月から公立や認可保育園に移っていかれる園児が多数申し出ておられます。この状況の中で、スタッフは子供たちに今回の経験を通して、大きく成長して欲しいとがんばっています。そして、自信を持って新しい環境に飛び込んでもらいたいと、心から願っているのです。

     

    2009.3.1

    杏の花が数輪、綻んだ日に

    母乳語と離乳語 Ⅱ

    子供を持てば誰でも親になります。そして、その親の影響を大きく受けて子供は育つのです。性格の形成に最も大切であると言われる乳、幼児期に親はいったいどんなふうに子供に接して、幼いわが子のために何をしてあげればいいのか?

     

    こういう悩みを持っている人は多いことでしょう。1歳の男の子を持つ私の息子も、「自分の子はどんな子に育つのだろう?」と、疑問とも質問ともとれるようなことを言っていました。「親が育てたように子供は育つからこわいよ!」と、脅かしておいたのですが、じゃあどうすればいいのかということを、答えてやることは出来ませんでした。今回は、この答えの一つを提案してみようと思います。

     

    その答えというは前回のコラムで紹介した「頭のよい子は『ことば』で育つ」外山滋比古(とやま しげひこ)著:PHP文庫のなかに、ずっしりと詰まっています!私は、乳幼児を持つすべての父親や母親にこの本を読んで頂きたいと思っているのです。

     

    本のタイトルからすると、特別なことばを聞かせたりすることで、子供の頭脳が発達するというような内容かと思うかもしれませんが、そうではなく、少し前の時代まではごく当たり前にどんな家庭でも無意識にしていたことが、本当は幼い子供にとって大切なことであったと気づかせてくれる本なのです。

     

    人類が文化を伝えるために、国は違っても子供達に自然にしてきたこと、それは子守唄を歌ってやること、身の回りの物の名前などを繰り返し教えること、少し大きくなってきたら昔話などを夜寝る前に聞かせてやるというようなことだったのです。目にみえる具体的な物の名前などを「母乳語」と呼び、目の前にない抽象的なことばを「離乳語」と著者は命名しています。母乳語から離乳語に移行するために親から受け継がれてきたその土地の昔話などを、そんな大切な意味を持っているとは知らないまま、一昔前までは当たり前のこととして語り聞かせてきたのです。

     

    この当たり前にしてきたことが、今は途切れてしまいつつあり、人の話がきちんと聞けない子供や心ない行動をする子供、情緒の安定していない子供が多くなっている原因になっていると著者は一つ一つについて考察していきます。そして、具体的にわかりやすく、親が何を子供にしてやればよいのかを教えてくれています。

     

    保育園で子供達に絵本を読んであげると、読み終わった途端すぐに「もういっかい!」と再読をせがまれます。3回、4回と繰り返されると読み手のほうが降参してしまうのですが、なぜ、そんなに繰り返し読んでもらいたがるのでしょう。この本の著者によればそれは、何回も繰り返し耳に入れることで子供は心の中に取り込んでいくのだと言っています。心に取り込み、それがこころになるために、この繰り返しが必要だと言うのです。

     

    子供は自分の心を作ろうとして「もういっかい!」と言っているのだとしたら、「もうおしまい、今度はちがう本にしよう!」とか、「お仕事が待ってるから、また後で!」などとやってきた私は、大いに反省しなくてはならなくなります。

     

    こんな「目からうろこ」のような内容がぎっしりの本ですので、子供に関わる多くの方にぜひお勧めしたいと思います。なお、本を読むのが苦手な人のために何らかの策を講じたいとさえ思っています。例えば、講師としてお迎えしてお話を伺うなどです!

     

    2009.2.8 息子の誕生日に

     

    January 20

    ぞうきんを縫いました

    ある園児のおばあ様が、1回に10枚くらいのぞうきんを縫っては園に届けてくださっていました。年に何回も届けて頂いたので、その子が退園した後、2年近くもその方の作ってくださった雑巾で間に合っていたのです。
     
    温泉の名前やホテルの名が入ったタオルで作ってくれたものが多かったのですが、夏場になるとバスタオルで作った大判のものが届きました。ちょうど、プール遊びが始まる頃に、毎年届けられた大判のものは2枚並べて敷くと、子供達がプールから上がって足を拭くのにちょうどよい大きさと厚みがありました。大判のものはまだまだ何年間かは活躍してくれそうですが、普段使う雑巾は消耗が激しかったり、汚れてしまったりするので頻繁に新しいものと取り替えていたのです。
     
    今年度の初めになくなってしまったので、家にある古いタオルで縫ったのですが、それもとうとう破れてしまいました。というわけで、きょうは15枚のぞうきんを縫ったのです。前回は白いタオルに白い糸で縫ったのですが、今回はみどりの糸とピンクの糸で縫った2種類を作りました。
     
    去年、自治会の役員をしていたときに会館にあったぞうきんが、白地のタオルに赤の木綿糸で手縫いされていたのを思い出したからです。80歳を超えた女性の役員が作ったもので、不ぞろいな縫い目のやさしさと、絞ったときのやわらかさに感動したものです。手縫いの真似は出来ませんでしたが、大き目のミシン目でみどりとピンクの糸を使って、子供が絞れるようなやわらかい雑巾に仕上げてみました。
     
    私は今、家庭ではほとんど雑巾を使う機会がなくなってしまって、化学モップ(?)のようなものばかり使っています。かつては、ぞうきんで拭き清めた床や畳の上を裸足で歩くことが大好きだったのですが…。今日縫ったぞうきんを3枚だけ、自分のためにとっておくことにします。雑巾をかけることを思い出すために、丁寧な暮らしに少しは戻るために!
     
    2009.1.19
    January 04

    母乳語と離乳語

    年末から年始にかけての1週間ほどを、長男夫婦と12月で1歳になった孫と一緒に過ごしました。私達夫婦にとっての初孫で、小走りで廊下を行ったりきたりする足音が、いなくなった今も耳に残っています。専業主婦の嫁は、愛情豊かに、初めての子育てにしてはおおらかにわが子を育てていて安心したものです。

     

    一番感心したのは彼女が子供にかけることばの多さと、紀州訛りの抑揚のなんともいえない温かさでした。母親のことばのはっきりした意味は1歳の子供には理解できていないはずだけれど、ちゃんと母親のことばに応えて動作をしたり声を発したりして、コミュニケーションの形をとっている。こうやって、母と子はこころを通じあわせているんだなあと胸を熱くしたものでした。

     

    こんな嫁と孫の様子を見ていて思い出したことがありました。それは、「頭のよい子は『ことば』で育つ」外山慈比古(とやま しげひこ)著:PHP文庫の中で出合った「母乳語」というものでした。新生児は他の器官や能力はまだ充分に発達していないのに、聴力だけは例外で、ほぼ完全に聞こえるようになって生まれてくる。これは、ことばをまず聞くためにそうなっているのではないかという説なのです。なによりも、胎内で一番多く聞いていた母親の、愛情に満ちた第一声を聞くために、新生児には聴力が備わっているのだというこの説に、私は感心してしまいました。そして、そうであるに違いないと思ったのです。

     

    母親の第一声を聞くことで愛を受け取り、そこから「こころ」というものが芽生えてくるというのです。「人間がほかの動物ともっとも大きく違うところは、人間はことばを使うという点にある。『はじめのことば』は、したがって人間が人間らしくなる、第一歩だとしてよい」と、著者は断言しています。そうして、母親は子供にとってことばの先生となり、ことばを使ってこころを育んでいくのだと述べています。

     

    私はこの著者と全く同じ思いを持っています。すべての母親が、自然体で優しく赤ちゃんのときから話しかけてやって欲しい。音声だけで意味のわからないことを発する赤ちゃんのことば(私は宇宙語と呼んでますが)にも、応えてやって欲しいと常々思っているのです。お母さんのことばを聞くことで、赤ちゃんはことばを学んでいくのですから!

     

    2才後半からは「母乳語」と「離乳語」を併用しながら約6年ほどで「離乳語」に変わっていくという後半の部分については、またの機会に書くことにします。その年齢に達したお子様をお持ちの方で、関心のある方は前述の本をぜひ読まれることをお勧めします。

     

    2009.1.4

    December 09

    最近読んだ本

    今日の日曜日は温かくていいお天気だったのですが「本を読む日」と決めて、勝間和代著「起きていることはすべて正しい」(ダイヤモンド社)を読みました。
     
    よく立ち寄る駅前の本屋でこのタイトルに釘付けになったのです。手にとって何気なく開いたページの文字が突然、私の目の中に飛び込んできたのです。ちょうど人間関係で悩んでいる私には、その一節が、まるで天啓(?)のように思われたのです。
     
    前略「叱られたり、蹴飛ばされたりしたら、蹴飛ばし返して去るという勇気が必要です。そして、その人と2度と会わないようにするわけです。意識的に、自分の周りにいる人をしっかり選んでいきます。
    なぜそれが大事かと言うと、人との出会いにより、自分の運命過程の成長パスが左右されてしまうからです。」
     
    すでに勝間和代さんの本は「お金は銀行に預けるな」(光文社)、「無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法」(ディスカヴェー.トゥエンティーワン)、「効果が10倍アップする新.知的生産術」(ダイアモンド社)を読んでいましたが、今まで読んだビジネス本とちょっと違うと言う印象で、即、購入したのでした。
     
    こんな風に、何かに悩んでいたり、継続して考えていることがあると突然、閃くように目に飛び込んでくることがあります。そこからヒントを得て解決したり、新しいことが始められたりするのです。
     
    例えば「ハッピーガーデン」という畑をやり始めようとしたときに出会った「永田式野菜の栽培」もそうでしたし、今の家に越して2年経ったころ、なんとなく自分の家に何かが足りないと思っているときに出会ったのが「家はこんなに変えられる」辰巳 渚著(だいわ文庫)という本でした。「奇跡のリンゴ 絶対不可能を覆した農家 木村秋則の記録」石川拓治著(幻冬舎)も、それに近い出会い方でした。
     
    こういう出会い方をした本は、必ず繰り返し読んで、読むたびに新しい発見があったりするのです。「起きていることはすべて正しい」にも、著者が私と同じように体験したことを述べているので、他の人にも起こることなのだと知ったのでした。
     
    本はそのように、私の目に飛び込んできてくれることがあるけれど、人の出会いは経験不足がもろに出て、しっぺ返しを食うことになることがあるのです。これも、次のステップへの大事な経験と思っています。「起きていることはすべて正しい」のですから!
     
    2008.12.7
    November 24

    たのしかったお芋堀!

    運動会が終わった翌週に、子供達の待ちに待った芋堀をしました。赤ちゃんもベビーカーに乗ってハッピーガーデンに行き、仲間いりです。蔓をあらかじめハサミで切っておいたのを、「おおきなかぶ」の絵本のように、みんなで「よーしょ!よーいしょ!」と、力を合わせて引っ張りました。最後に「そーれ!」と畝から放り投げるようにどけてやると、お芋に飛びついてくる子供達! 木のおしゃもじやプラスティックのシャベルで懸命に掘り始めます。
     
    最後まで自分でやると言って手伝わせなかった子、少し掘ってみただけで「出来へん」と弱音を吐く子、もう少しと言いうことろであきらめかけた子、そんな子供達に声をかけ、アドバイスし、励ますスタッフ達。晩秋の畑に子供達の甲高い声が響いていました。
     
    今年は、手入れが十分に出来ていなかったので心配していたのですが、まずまずの収穫でした。その日は掘りたてを蒸しておやつにし、残りはしばらく置いて甘みが乗ってからスィートポテトにすることにしました。
     
    午後は、夫に手伝ってもらって耕したあと、芋畑はその日のうちに苺畑にと変身したのでした。
     
    2008.11.23
     
     

    園対抗保護者リレーのハプニング

    5園合同の運動会は、たくさんの参加を頂いて盛会のうちに幕を閉じました。園対抗保護者リレーでは、私達の園は2位でしたが、わが園のパパたちの奮闘振りは光っていました。三角布を被ってサロンエプロンをして箒を持ち、ネットをくぐり、ゴミ袋を定位置まで運んだ後、ばらばらになった子供用の靴下をセットにして洗濯ロープに干すという障害物リレーでした。走り終えると次の走者に、三角布とエプロンを渡し、次の走者はそれを身に付けて走るのです。
     
    ところが、わが園のパパは走り終わった走者が次の人に結んだままの三角布をはずしてすばやく渡すとすぐ、次の走者の背中側に回りエプロンの紐を結んであげていたのです。こうすれば次の走者が後で手で紐を結ぶ手間がなくなり時間短縮になるのです。知能的なプレーだなあと、カメラのシャッターを切りながらこの様子を感心しながら見ていたのです。
     
    ゆうゆう他園に1周の差をつけていましたが、「あなたの園の選手、一人足りないんじゃないの!?」というk園長の声に私はびっくり! 「選手って4人ですよねえ?」の、間抜けた私の返事に「5人よ!」
    という厳しい叱責が返って来たのです。私のとんでもない勘違いです。、でも、もう最終ランナーと思っているパパは第3コーナーを回ってしまっている。「よっしゃ!わたしが行く!」
     
    1番でゴールインしたと思っているパパに説明する間もなく、アンカーたすきを奪い取って首に引っ掛けた。「わたしがいく!」というと、そのパパは大慌てでエプロンの紐を結んでくれたのです。靴下を干すところまでは何とか首位を守ったのですが直線コースに入ったとたん、後方から猪のようなすごいスピードの男性に追い抜かれてしまいました!
     
    結果は2位で去年よりも小さいカップになったけれど、ほんとうに楽しかった!がんばってくれたパパ達には申し訳なかったけれど、まさか還暦の女園長がリレーで走ることが出来たなんて、最高でした!
     
    これは電車通勤の賜物です。だって、乗り遅れそうなときは年甲斐もなく全力疾走していますから…。
     
    2008.11.23
     
     

    パパの手

    おそらく、私達の園でしか見られないと思う朝の光景があります。毎日の日課になっているその温かな交歓を見守っている時、私はこの仕事をしていて良かったと言う思いで満たされていくのです。

     

    S君は登園して来て朝の挨拶をスタッフと交わして靴をロッカーに片付けた後、パパとバイバイのタッチをするのです。パパの大きな手とS君のかわいい手が合わさった瞬間に「パチッ!」といい音が鳴ります。それで気持ちの切り替えをして、S君は自分の荷物をロッカーに片付けに行き、パパは出勤して行くのです。手を合わせるタイミングが悪いと、いい音が出ないので、「パパ、もういっかい!」と言って、やり直す日もあります。

     

    その光景をすぐ横で見ていたお友達に、ある日そのパパは自分の子供にするのと同じように「Kくん、はい、タッチ!」と言って手を差し出してくれたのです。K君はちょっとテレながらも、そのパパの手にタッチしました。その時のうれしそうなK君の表情は、今でもはっきり私の脳裏に焼きついています。

      

    K君はそのうち、自分からそのパパに手を出してタッチを求めるようになりました。それを見ていたほかの子供達も一人二人と、パパにタッチをして欲しくて集まって来るようになり、全員がタッチしてからでないとパパは出勤出来なくなってしまいました。パパは子供達の名前も覚えてくれていて、一人ひとりに声をかけながらタッチをし、いい音が出ると「よっし!」と言ってくれるのでした。

     

    子供達はどんどん積極的になって他のパパにもタッチを求めるようになり、何人かのパパが毎朝子供達とタッチの交歓をしてくれるようになってきたのです。そして、ママ達にもそれが広がっていきました。出勤前の貴重な時間の中で、わが子以外の子供達にも手を出して応えてくれるパパやママに、感謝の思いでいっぱいになります。

     

    自分の子供のことしか考えないような若い世代の親が増えているということを、同業の人たちからは聞きますが、私達の園では自分の子は友達の中で育つと思っておられる保護者が多いように思います。同じ保育園で育ちあう友達を仲間として考えてくれているから、毎朝の「タッチ」が続いているのだと思うのです。

     

    パパの手は大きい!その大きい手に力いっぱいタッチし、いい音を出すと「よっし!」と言ってもらえるので、だんぜんパパの手のほうが人気なのです。8日の合同運動会ではこのパパ達が、園対抗保護者リレーに出場してくれます。子供達の必死な応援を受けて障害物リレーに挑戦するパパ達の姿を想像して、今からドキドキしているのです。

     

    2008.11.3

     

     

     

    October 20

    父の残した遺言

    1昨日、亡き父の49日の法要を終えました。実家に帰るといつも笑顔で迎えてくれた父が、遺影となって微笑んでいました…。ぽっかりと穴の開いたような心になって、涙が零れ落ちてくるのでした。
     
    書斎の父の机の上は、卓上の天眼鏡が父の目の高さに合わされて、漢詩を作りかけた和紙が広がり、その上に少し斜めに1本の小筆が置かれてあり、今にもその続きを書きに父が帰って来そうに思えるのでした。パソコン机の横には「遺言状の書き方」という真新しい本が無造作に置かれていました。
     
    初七日の法要を終えてパソコンを開いてみましたが、遺言状らしきものは残されていませんでした。ところが、弟が何気なく開いた書類ケースの一番上の抽斗(ひきだし)に3人の子どもに宛てた遺言状が入っていたのです。
     
    内容は、年老いた母が残された人生を安心して暮らせるように配慮し、3人の子供達が冷静に考えて遺産の相続を行うようにと、それのみの遺言でした。父は、残された私達を信じて任せたのです。任された私達は、これから父の期待に添うようによく考えて行動しなければなりません。
     
    「信じる」ことの大切さを最後まで身を持って教えた父を、本当に誇りに思います。進学のときも、結婚するときも私を信じて任せてくれた。今回もまた!!
     
    私も父の教えに習って、人生の大切な岐路には自分の3人の子供達の決断を尊重して任せてきました。それは、自分で決断したことは自分ですべて引き受けること、責任を取るということを教えたかったからです。社会に生きていく人間として、一番大切なことだと私は思うからです。
     
    父から私へ、そして私の子供達に亡き父が残してくれた一番大きな遺言「自分の子供を信じる」という事、引き継いで行こうと思います。
     
    2008.10.20
     
     
     
     
    October 12

    みっちゃんと私

    先週、学生時代の友達のみっちゃんが男友達と一緒に私達の保育園を見学に来ました。男友達が私の経営するような認可外の保育園を開園したいと言うことだったので、参考になればと思って私が親しくしている4つの園も見学をして、その日は我が家で一泊したのでした。
     
    夜は私の65歳の夫を加えて59歳の彼、共に60歳のみっちゃんと私で酒宴となり、飲みに飲んだ!それぞれ違った道を歩んでこの年齢になって語ることを聞かせて貰うのは本当におもしろく、時間の経つのをを忘れてしまうほどでした。
     
    みっちゃんは夫の両親と同居して公立保育園に保母として勤めていました。ところが夫が40歳前半で癌で亡くなり、2人の子供と亡き夫の母親を養っていく立場になってしまったのです。働き続けて定年が近い頃、公務員を退職して夫の残してくれた資産で社会福祉法人を立ち上げ、認可の私立保育園を建てました。それが経営者としてのスタートでした。その2年後に、公立保育園を払い下げてもらい2園目を経営することになり、今度は町立の5つの児童館の民間への委託にも名乗り出ているそうです。
     
    ビールのあとは冷酒になり、ちびりちびりと飲みながら「私は、自分がこんなに事業が好きということを知らなかった、本当に事業はおもしろい!」と言って、うれしい顔をするのです。
    「もし、夫が生きていたならきっと普通の奥さんであっただだろう」とも…
     
    みっちゃんは事業家で花開き、私は無認可の保育園を経営しながら職人気質の仕事で自己表現をしているのです。団塊の世代の女性が、どちらも人生の後半になってやっと自分で選んだ道を歩き出したのです。そして、どちらも温かい家族に応援されているのです。この幸せに感謝です!
     
     
    September 21

    やっと戻った味覚!

    9月2日に逝ってしまった父の、残り少ない命に寄り添って何日かの看病をしていた頃から、私は味覚を失っていたように思うのです。塩辛さだけは感じるものの、特に甘さを感じることに麻痺していたのです。原因はわからないのですが、父が亡くなってから後も何を食べても味がわからないし料理を作ることががとても辛いものになっていました。
     
    料理をするのがつらいなんて、今までには経験したことのないことでした。献立が浮かんでこない、味付けに自信が持てない、こんな不安定な状況でも家族のために料理をしないわけにはいかなかったのです。
     
    今晩はやっと、ひじきの煮物、大豆の煮豆、レンコンの挟み揚げ、男爵の粉ふき芋の夕食を作ることが出来ました。いまいち、味に自信がなかったのですが、まずいものには手をつけない夫がどの料理にも箸を伸ばしていたのをうれしく思いました。
     
    心身ともに健康でないとおいしいものは作れないんだと、つくずく思ったものです。
     
     

    残された者の課題

    95日は私の60歳の誕生日でした。そのわずか3日前に84歳で父親が逝ってしまいました。本人の希望通りにガン末期の治療をぎりぎりまで在宅医療で受け、体調が急変して入院してから1週間目の朝のことでした。

     

    78歳の母、私達3人の子供とその配偶者、孫達に見守られて大正、昭和、平成と歩んできた生涯に幕を降ろしたのでした。子供3人、孫7人、ひ孫5人、この残された者たちはそれぞれにどんなメッセージをこの父から受け、それを継いでいくことになるのか、それは、これからの課題だと思っています。

     

    お盆に帰省したときに私の8ヶ月の初孫が、つかまり立ちからひょいと両手を離して立つ瞬間があり、ちょうどその頃から父が立つことが出来なくなっていました。その後の急激な衰え方がこの孫と、まるで命のバトンタッチをしたように思われたものでした。

     

    保育園でお預かりしているお子様達も、大切な命を引き継いでいるかけがえのない存在なのだと思うと、その重さで潰されそうに思えてきます。それでも、このかけがえのない大切なお子様たちを託してくださる親御さんが、私達を信頼してくださっている。これに一生懸命に応えていくことが私達の使命だと、心から思います。

     

    信頼に応えるということは、なんでもかんでも親御さんのいわれる通りを聞くという意味ではありません。面倒でも最初は、互いに信頼関係が成立するよう努力をしなければならないでしょう。互いが思っていることや考えの違いなどを出し合えるようになってやっと、お母さんにとって子育てが楽しいものになるような提案が、私達にもできるようになってくるのです。

     

    子育ては悩みの連続と覚悟してください!でも、一つ一つを親子で乗り越えて成長していく苦しみと、その後にやってくる束の間の安堵感。これを繰り返すうちに、山あり谷ありの子育てを乗り越える逞しさが身につき、それからは困難と思うことにも立ち向かうことに喜びを感じるようになっていきます。

     

    親御さんがそれまで体験してきた受験、就職活動、結婚などの比ではない、長い長い道程です。でも、子育ては成長を確認しながらの山登りです。頂上に登ることをあせらず、

    時々は立ち止まって振り返り、わが子の成長を確認して喜びに浸って頂きたいのです。

     

    立ち止まることによって、周りの景色が見えてきます。すると、ちょっと軌道修正をしたほうがよいかな、などとゆとりが生まれて来るものなのです。「あせらず」とは、一度立ち止まってきた道を振り返り、自分の足場を固めてから一歩前に足を出すということのように思えます。

     

    すべての親子に子育ての楽しさを味わってもらいたいというのが私の大それた(?)願望であり、どんな時にもしっかりと私に向き合ってくれた亡き父に対する恩返しとも、思っているのです。

     

    2007.9.15

    August 11

    初めての経験!

      「おかわり!」 
    第1回たんぽぽ保育園のつどい「親子で遊ぼう」は園内外からたくさんの参加していただいて、楽しい集いになりました。参加してくださった方、お世話になった〈個育ちネット:たんぽぽ〉のスタッフの方々に感謝します。子供達も、大人も、スタッフも遊ぶことだけに集中した2時間でした!来年は、開園10周年の節目に当たります。岩城敏之先生の講演と「おやこであそぼう!」をくっつけたイベントが出来ればいいなあと考えています。
     
    さて、ハッピーガーデンの報告です。きゅうりの収穫はすでに終わり、スイカも3個収穫しました。スイカは5個育っていたのですが、収穫するのが遅れて2個を腐らせてしまいました。イベントの準備や何やらで、ちゃんと見に行ってやらなかったのです。今はオクラが次々に実をつけています。オクラも成長が早いので、うっかりすると大きくなりすぎて硬くなり食べられなくなってしまうのです。本当に、畑仕事は難しいなあと実感しています。さつま芋は今年も順調に、猛暑の中で蔓を伸ばし伸ばし踏ん張っています!秋をお楽しみに!
     
    今年初めて作ったスイカを子供達と一緒に収穫しました。包丁を入れるときにはドキドキしました。十分熟れているかどうか、食べられるものになっているのだろうかと不安な思いでした。冷蔵庫に入れて冷やす前に、まず獲れたてを味わわせてやりたくて、水道の水で洗ったものを子供達の目の前で切ってみたのです。二つに切ったとたん、「うわあ!」という子供達の歓声!味見用にと小さく切れ分けた生ぬるいスイカに、かぶりついた子供達は「あまい!」「おいしい!」「おかわり!」と、大喜びです。4分の1ほどを食べてしまった子供達に「後は冷やして3時にみんなでたべようね!」と、止める私でした。
     
    この体験をさせてやりたくて畑仕事をしてきたのですから、本当に私もうれしかったのです。こうやって、子供達から感動を与えられることに幸せを感じるのです。そしてまた、来年もやるぞっと、元気になるのです!
     
     
    July 06

    オカリナの演奏に固まった子供達

    オカリナと子供達.jpg200806181648.jpg
    従来の「夏祭り」に替わる、なんかいいイベントが出来ないだろうか?ずーっと、考えていたのですが、ふっと京都府宇治市にある「キッズいわき ぱふ」のオモチャライブラリーはどうだろう!と思いつき、早速電話で連絡をしてみました。担当者が出先から後ほど連絡すると言うことだったの、少し心配しながら連絡を待っていました。
     
    昼過ぎに連絡がありました。「すぐに今日打ち合わせをしよう!」と電話の向こうでは落ち着いた男性の声が言うのです。「ちょっと待って!段取りしてからでないと…」と言う私!とりあえず日程を決めて、会場の確保をすることになりました。親子で参加するイベントのために保育室では狭いし、活動が十分出来ないと思うからです。
     
    近くのコミュニティセンタ「せせらぎ」に電話を入れて尋ねてみると8月2日(土)は3階のセミナー室が空いていると教えてくれました。早速、スタッフの横山が手続きに走り、67㎡の部屋を2つ続きで借りて来ました。そして、その日の夕方5時には「個育ちネット:たんぽぽ」と横っ腹に書いたバンが私達の園にやってきました!
     
    30分ほどで打ち合わせが終わったのでベビーゲートを開けて私と2人の個育ちネットのスタッフが出て行くと、待っていた子供達に取り囲まれてしまいました。自分達の「たんぽぽ保育園」に「たんぽぽ」と言う車でやってきた人達に、とても関心を持ったようでした。
     
    そのとき、個育ちネットの小西さんが低い声でもう一人のスタッフにささやきました。「え、今?」と言いながら、荷物の中から小さいオカリナを出してくる小倉さん。子供達の見守る中で「ぞうさん」を演奏してくれたのです。
     
    初めて聞くオカリナの音色に、子供達は一瞬にして固まってしまったのです。室内ジャングルジムに登ろうと片足をあげて2段目のバーに掛けたままのKちゃんはその姿勢のまま、絵本を広げて読んでいたTくんは顔だけこちらに向けて、ボールを握ったままの子、取り囲んでいる子供達はみんな、お小倉さんのお顔に見入って誰一人動かず、声さえ上げませんでした。
     
    「みんな、いっしょにうたおう!」という小倉さんの声で「はっと」われに返った子供達は、一人二人と集まってきてオカリナの演奏にあわせて、童謡を歌ったのでした。梅雨の晴れ間の一日が暮れようとしている保育室に、オカリナと子供の声があわさり、私は幸せなひと時を与えられたのでした。その情景を満足そうに見ている小西さんも、歌い終えた子供達に暖かい拍手を送ってくれました。
     
    「たんぽぽ保育園のつどい」はこんな温かな人たちにお世話になるのだと思うと、出会いに感謝せずにはいられません。それにしても、小西さんと私は団塊の世代、この世代の人はせっかちな人が多い!?